
「ダムも大工場も造られなかった」
1983年9月、「日本最後の清流」と NHK 特集が紹介し、四万十川は全国に知られるようになりました。
NHK アーカイブには次のような説明が出ています。「四万十川は、高知県の7つの町村を流れて土佐湾に注ぐ、全長約200キロの大河である。流域にはダムも大工場も造られなかったため、人が飲めるほどの水質と豊かな水量を保っており、『日本最後の清流』と呼ばれている」。
放送後、四万十川に突然の観光ブームが到来しました。
実は今の四万十川の大部分は、当時、正式には渡川(わたりがわ)と呼ばれていて、四万十川と呼ばれていたのは上流の部分だけでした。それが、「四万十川」の名が有名になってしまったため、1994年に正式名称を渡川から四万十川に変えたのです。
その四万十川を1月下旬、2泊3日で訪ねました。目的は、四万十川を何とか元の清流に戻そうと活動している一般社団法人「生態系総合研究所」の調査に同行し、現状を見ることでした。
同研究所が活動を始めたきっかけは、「2000年頃から四万十川の水が目に見えて汚くなり、氾濫後の回復力も弱くなった」と、地元の漁業関係者から代表理事の小松正之さんが聞いたことでした。
魚が獲れなくなったという話も耳にしました。
小松さんは元水産庁職員で農学博士。人脈も豊富で、行政や高知銀行、農協、漁協などの協力を得ながら、科学的な調査に乗り出しました。
著しい水質の悪化
その結果、四万十川に流れ込む支流も含めて上流から下流まで、汚染は想像以上でした。
しかも、調査を始めた2021年以降も、場所によっては急激に悪化していたのです。
例えば、四万十川と河口付近で合流する支流の竹島川では、2021年は1.8FTU だったのが、2023年は976.8FTUでした。
FTUは濁度を表す単位で、0.3FTU 以下がきれいな水と言われています。
上流も、ほとんどすべての計測場所で0.3FTUを大きく超えていました。
水中の生物が生きるのに必要な溶存酸素量も、竹島川では、82%から39% へと急低下しました。
地元の人に話を聞いても、まさに100人中100人が「水質は昔に比べて間違いなく悪化している」と答えます。
慣行農業と堰(せき)が問題
原因は複合的ですが、大きいのは農薬と、化学肥料を含んだ農業排水の流入です。
四万十川流域の特産の一つにショウガがあります。ショウガは病害虫や雑草に弱く、殺菌剤、殺虫剤、除草剤を多用します。
かつては根茎腐敗病の予防に臭化メチルが使われていましたが、オゾン層を破壊するとの理由で2013年に全面禁止。
現在よく使われるクロルピクリンは、しばしば健康被害が報告される劇薬で、欧州連合(EU)では使用禁止です。
ショウガを大きくするため、化学肥料も使われます。
稲作では、EUで禁止されている殺虫剤のネオニコチノイド系農薬やフィプロニルが使われています。
「ダムがない」とNHK 特集は伝えましたが、四万十川とその支流にはたくさんの堰があります。河川法では、高さ15m以上をダム、それより小さいものを堰と定義。
堰は小さなダムで、四万十川には約1300の堰があると言われていますが、行政を含め、誰も正確な数を把握していません。
四万十川の堰は、地元の人の話によると、少なくとも鎌倉時代からありました。堰は水位と水の流れを調整し、稲作や川の氾濫防止に大切な役割を果たしてきました。
昔の堰は石を積み上げた原始的な構造だったため、魚の移動を妨げたり、水を滞留させたりすることはありませんでした。
「子どもの頃、川遊びをしながら堰の石と石の間に手を突っ込むと魚が獲れた」という話を現地の人から聞きました。

ところが、次々とコンクリート製に置き換わり、水が流れなくなって、川底にヘドロの層ができたのに、堰で移動できなくなった魚は姿を消していきました。川底の藻を食べて川を浄化してた魚がいなくなったので、川が浄化されません。
追い打ちをかけたのが、防災を名目に推進された護岸工事です。川がコンクリートで覆われると、魚は餌場、寝床、産卵場所を失い、生きてゆけなくなりました。
四万十川を清流に戻すため、小松さんたちは現在、3つのことに取り組んでいます。
1つは農地の横に湿地帯を造り、農業排水を湿地帯経由で川に流す試みです。湿地帯の自然浄化力を利用して汚染物質を分解・除去する狙いで、海外に成功事例があります。
2つ目は、汚染の原因を減らすため、有機農法に切り替えます。すでに1軒のショウガ農家の協力を得て実証実験を始めています。
3つ目は、不要な堰を撤去したり、自然調和型の堰に改造する試み。こちらは地元の農家、農協、行政などの協力が欠かせませんが、関係自治体が多い上に、利権がからむなどして、今のところ難航気味です。
しかし、このプロジェクトが成功すれば、四万十川は本当の清流として蘇ります。